海面に広がる花びらに故人への思いを託しながら、最後のお別れをする船上の人々。海洋散骨において、よく見られる「献花」の光景です。
花は、故人をお送りする大切な儀式に豊かな彩りを添えてくれます。そのような演出としての役割のほかに、散骨で献花を行うことの意味は何でしょうか?
また散骨で献花をする場合、何か注意することは?
葬儀の花事情や、花の力、供養との関係などにも触れながら、散骨の献花についてお伝えしていきたいと思います。
献花は散骨儀式のひとつ
散骨の儀式の流れをご存知ですか?
身近に経験された方でなければ知るのは難しいことですが、散骨の自由なイメージから、決まった様式はなく、ただお骨を撒くだけという印象をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。実際はそうではなく、散骨は故人の尊厳や残された家族の気持ちを尊重したかたちで行われていて、多くの業者では一定の儀式の流れが定着してきています。
そんな中で特に献花は、散骨の儀式の基本プランに組み込まれていることが多く、大切な流れのひとつとなっています。それでは献花は、どのような場面で行われることが多いのでしょうか?
海洋散骨を例に儀式の流れの中での献花の位置を確認したいと思います。
- 集合場所から乗船場所へ移動し乗船する
- 船が散骨する地点で停止する
- 散骨⇒「献花」⇒献酒⇒黙祷を行う
- ゆっくりと旋回した後、帰航する
以上はシンプルな例になりますが、献花は散骨と一体となった位置づけで行われていることがわかります。
そして散骨では、お骨を粉骨して撒くことが義務付けられているので、海面にお骨を見つけることは難しいです。水溶性の袋にお骨を入れる場合もありますが、直接撒く場合は特に、花びらがお骨の場所を示していると捉えることができます。
また色鮮やかな花びらが海面を漂う光景には、多くの方が胸を打たれることでしょう。散骨の実感を与えてくれるのが献花の花ともいえますし、式の演出という面もあるでしょう。
加えて、献花の行為自体に内面的な意義があります。それがどんなものなのか、追って明らかにしていきましょう。
散骨の献花に使われる花について
散骨の献花で使用する花の種類について、タブーはあるのでしょうか?
結論からいうと、特にないといわれています。仏教式の葬儀でも、主流だった菊から今は多種多様な花が使われるようになりましたが、バラなどは棘があるという理由で避けられる傾向があります。
一方、散骨の献花では、茎部分を除き花びらを使用するので、棘があることの理由で避けられることはありません。バラは彩りが豊かで種類も多く見映えもするので、散骨ではかえって多く使われているようです。豪華なバラのフラワーアレンジメントを船内にお供えした後、散骨ポイント手前で茎をカットし献花を行うというオプションもあるようです。
また散骨の花選びではその美しさだけでなく、花の名前の由来や花言葉に思いを託して選ぶ場合もあります。
例えばデルフィニウムという花があります。つぼみがイルカのように見えることから、ギリシャ語のdelphin(イルカ)を語源としているそうです。これからは自由に海を泳いでいってほしいという願いをこめて、デルフィニウムを選ぶ方もいらっしゃるのです。
故人の好きだった花や、好きだった色の花を集めたいなど、もし花にこだわりや希望がある場合には、業者に相談してみましょう。
散骨の献花で配慮することは
献花の儀式では何か配慮すべき点はあるのでしょうか?
散骨業者の団体が作成したガイドラインに、いくつか提言が載っていますのでご紹介します。自然環境への配慮義務としては次の通りです。
- 海洋汚染につながらないよう、自然に還らないラッピングなどは必ず外す
- 大量の花も海洋汚染の原因になる可能性があるので、量は常識の範囲内にする
一般市民への配慮義務としては次のように書かれています。
- 大量の花が海岸に流れ着いた場合トラブルになる可能性があるので、その意味でも花の量は控えめにする
- 乗船場所などの桟橋やマリーナは公共の場であり、その場にいる方々の心情を害しないよう、献花、献酒、ご遺影などは袋に入れて運ぶなどの配慮をする
このように、散骨の献花は意外と制約が多いですが、信頼のおける業者ならば、細かい注意点を案内してくれるはずです。
オプションで水溶性リースを扱う業者や、花の持ち込み可の業者もありますので、どのようなサービスがあるかは業者選びの前に調べておきましょう。
散骨の献花と違う?葬儀の花について
葬儀はお通夜から告別式まで数日を要しますが、どの場面においても花はよく見られます。それらの花にはそれぞれ意味があり、タイミングや飾る位置などで呼び方が違います。
ここで葬儀の花について、簡単に説明しましょう。
ご自宅の故人の枕元に飾られて、そのまま葬儀会場に運ばれるいわば故人に寄り添い続ける花になります。一般的には親しい方から贈られるもので、ある程度日持ちがする花を早めに手配する必要があります。
葬儀会場に入ると、中心に祭壇が置かれているのを目にすることが多いと思います。少し前まで白木祭壇が多かったようですが、最近では祭壇自体が多くの花で飾られる花祭壇が増えているそうです。それらの祭壇は、葬儀社の方で設置するものになります。
故人に贈られる花で、祭壇の両サイドに設置される場合が多いです。スタンド花やフラワーアレンジメントなどがあり、親戚や友人、会社関係者などの贈り主の名前が書かれています。
会場入り口付近から会場外に並ぶ大型の花飾りになります。外に設置するものなので、造花で作られることが多いです。
家族葬が増えた昨今では、「花輪」を贈る機会は減っていますが、もし贈る予定がある時は、まず会場の設置可否を確認する必要があります。
葬儀で行われる献花とは
葬儀でも「献花」が行われる場合がありますが、それは祭壇などに花を捧げる儀式を指しています。献花は仏式の焼香の代わりに行われるようになったという説もあり、仏式よりもキリスト教式や無宗教の葬儀で行われることが多いようです。
花の種類は、ユリやカーネーションなど白を基調に落ち着いた色の花がよく使われます。やり方としては、慰霊祭などで行われる献花を思い浮かべるとわかりやすいと思います。
また神道の葬儀(神葬祭)における玉串奉奠(榊に紙垂をつけたもの)の捧げ方も参考になります。ここで葬儀の献花のやり方を一例としてご紹介しましょう。
- 葬儀社のスタッフから、花のついている方を右、茎が左になるように両手で受け取る
- 祭壇もしくは献花台の前へ
- 花の方を自分側に、茎の方を祭壇側になるように反転させ、一礼をしてから台に置く
- 静かに手を合わせる
このような葬儀での献花もまた、故人とゆっくりと向き合える大切な時間になっています。
別れ花について
告別式が終わり、お棺の中の故人に対面しながら花を手向けた経験はありませんか?
これらはお別れの儀といって、お棺の中を「別れ花」と呼ばれる生花で飾り、併せて故人の思い出の品を入れながら執り行われるものです。普通は喪主、喪主の配偶者、親兄弟などの順で最後のお別れをしながら別れ花を手向けます。別れ花は別途用意される場合や、花祭壇の花を葬儀社のスタッフが茎を短くして、お盆にのせて用意をしてくれる場合があります。
お別れの儀を終えたら、次はお棺に蓋をして釘打ちの儀となります(やらない宗派もあります)。喪主から順にひとり2回ずつ小石で軽く釘をたたいていきます。これは無事に三途の川を渡ってほしいという願いがこめられているとのことですが、故人の死を受け入れていくための儀式という面が大きいようです。
ところで最近では、お葬式は行わない「お別れ花プラン」というものもあります。最後だけはたくさんの花で故人を送りたいという方々のために、火葬前のお棺を別れ花でいっぱいにするプランで、その需要は年々増えているようです。
このようなお別れ花プランや前述のお別れの儀は、故人と最後のお別れをするタイミングで花を手向けるという点で、散骨の献花に近いものがありますね。
葬儀で使われる花事情
花は葬儀や散骨の儀式には欠かせないものですが、生産者の声からも使われる花の傾向や業界の動向などを知ることができます。「花き産業振興総合調査」という平成29年度の調査報告から、総評や生産者の回答の一部をピックアップしてみました。
まず総評として「カーネーション」や「トルコギキョウ」といった洋花の使用が増加傾向にあること、従来はタブーとされてきた赤・ピンクなどの明るい色が祭壇にも使われるようになったことなどが報告されています。個々の生産者の声としては、菊のみの希望やタブーが減って、明るい色の花、洋花の需要が増えたことなど。
最近はカーネーション、トルコギキョウのほかに「カトレア」が人気で、季節に応じて「ヒマワリ」「アジサイ」なども使うとのことです。
好まれる花の長さや大きさなどに地域差があり、そういった様々な需要に応えるため栽培品種や栽培方法の工夫をしているそうです。
また、造花は作業時間短縮などのメリットがあり、クオリティも高くなってきているので今後使用していきたいと答えている生産者もいました。生花の希望が増えている状況ですが、利用者・生産者双方にメリットがあるのであれば、造花という選択肢も歓迎されていくかもしれません。
祭壇では「花祭壇」が増え、白木祭壇と同じくらいの注文があるそうです。また、葬儀の縮小傾向が指摘されていますが、一方で花祭壇の需要と自由度が高くなっていて、葬送業界における花の存在感が増していることが確認できました。
散骨の献花 役割と花の力
葬儀には「死を社会に知らせる社会的役割」と「死を受容する心理的役割」があるといわれています。
家族葬が増えている現在、社会的役割という面は少なくなっているのかもしれません。一方で、人の死に対する感情は時代で変わるものではないので、心理的役割という面は今も変わらず必要とされているのではないでしょうか?
ここで散骨の儀式や献花の心理的役割について、具体的に考えてみたいと思います。
まず、お別れの儀の光景を思い出してみてください。
お棺に蓋をする直前のお別れの儀において、出棺すればもう故人の姿を見ることはできないという状況になります。そのような肉体との永遠の別れの場面で、堪えきれずに涙があふれたという経験のある人は少なくないでしょう。
散骨の儀式でお骨を撒くということも、いってみれば故人との物理的別離であり、その時を迎えて悲嘆を抑えられないのは当然のことだと思います。そしてお骨とともに投げ入れられた献花の花びらが、海面を漂いながらやがて船から離れていく。そんな光景を見つめているうちに、気持ちが落ち着いていくこともあるでしょう。
献酒や黙祷、帰港前の旋回もまた悲嘆を段階的に受け入れる役割を担っているといえます。このように散骨の儀式を通して、多くの人は故人の死を徐々に受け入れていきます。そして献花の花は、人の悲しみの気持ちを癒す力を持っているのです。
それにしても花の力は不思議ですね。花には「植える、育てる、鑑賞する」ことで癒し効果や、ストレス軽減効果、脳を刺激する活性化効果があることが知られています。
フラワーセラピーは介護・医療機関などで取り入れられていて、リハビリ療法、箱庭療法、カウンセリングに効果的に利用されているのです。
花と供養
20万年前の「ネアンデルタール人」が、花を添えて幼児を埋葬していたという発見が話題になったことがあります。アメリカの学者の考古学調査による発見で、場所はイランのシャニダール洞窟でのことです。
花の解釈には薬草説など諸説ありますが、ネアンデルタール人がすでに仲間の死を悼む気持ちを持っていて、亡くなった幼児に花を手向けたのではないかと推測されました。もし、その花の意味の推測が本当ならば、最も古い献花の例になるのではないでしょうか。
日本においても、興味深い献花の例が民俗学の記録の中にあります。
昭和29年頃、中部地方の葬儀の様子を撮影した8ミリフィルムの中に、村民が見守る中、花を投げ入れながら鍬で土を被せていく土葬の様子が記録されていたそうです。主に造花の花輪が投げ入れられたようですが、お別れの儀や散骨における献花の光景に重なります。
故人に花を手向けたいという感情を持つことは、時代も宗教もこえて人類共通のことなのだと実感できる話として以上をご紹介しました。
それにしても花と供養は昔から深い関わりがあるのですね。4月8日に行われる花まつりは、お釈迦様のご生誕をお祝いする日ですが、仏教に直結しない伝統行事の面もあって、先祖供養の意味合いが強い地域がたくさんあります。
太古より花は、暮らし、生、死、どの場面においても人間の心を明るくするだけでなく、悲しみを癒してくれる存在だったのです。
まとめ
散骨儀式は死を段階的に受容するプロセスの一つで、献花には悲しみを癒す大事な役割があることをおわかりいただけたでしょうか。ただ、儀式だけではそのプロセスは完結しませんし、喪失感が消え去ることは永遠にないのかもしれません。
だからこそ、多くの人は後に供養を行い、故人を偲んで折々に花を手向けるのでしょう。散骨プランに献花を入れるかどうか、またどんな花を選んだら良いかを迷っている方々に、少しでも参考になりましたら幸いです。
著者情報
未来のお思託編集部 散骨、お墓、終活などの準備に関する様々な知識を持つ専門チームです。皆さまのお役に立つ情報をお届けするため日々奮闘しております。 |